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Newsletter :: Issue No. 35
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2005年 4月号          アーカイブ
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翻訳 TALK 4月号のごあいさつ

今月号の「翻訳トーク」の発行が遅れに遅れてしまいまして、誠に申し訳ありませんでした。 今月は、新しいオフィスに移転した記念すべき、弊社の歴史(今年で設立13年目)の中でも特筆できるマイルストーンとして記憶に残る4月となりました。

ポートランドの南に位置するウィルソンビルの新しいオフィスに引越しをしたのが3月31日(木)で、翌日の4月1日(金)からは基本的に通常通りの業務を新オフィスで始めるという最短の準備と立ち上げで、このオフィス移転を何とか乗り切りました。 引越し自体は、天候にも恵まれてすこぶる順調に運び、選んだ引越会社も大変プロフェショナルでありました。

電話回線も引越しをしたその日のうちにすべて以前の電話番号から切り替わりがなされ、新オフィスで最初の電話を受け取ることが出来ました。 電話回線の切り替えについては、過去に経験した経緯からそれなりにかなり心配をしていたのですが、それらはいっさい杞憂に終わりました。 電話回線と同じく、T1と呼ばれる高速のDSLラインもほぼ同時期に立ち上がり、まずはやれやれという安堵感を感じて、3月31日と4月1日があっという間に終了し、翌週を迎えました。

ところが、週が明けてからは、コンピュータのネットワーク上で、ファイルのやり取りが極端に遅くなる現象が数台のコンピュータで発生、またモニターにおいても原因不明の画面上でのかく乱現象が起こり、最初の2、3日は社内翻訳スタッフがまともに仕事ができるような状態とは程遠い状況となってしまいました。 様々な原因追求努力の結果、ネットワークコンピュータ上での超スロー現象は、ネットワークの接続に使ったケーブルに問題があることが分かり、モニター画面の問題は、オフィス内のある特定の区画だけに起こる強い電磁界の影響であるということを突き止めました。

もちろんそのような問題は、まったく予期していないことでしたので、それらの修復にかかった費用と、弊社の業務上で生じたロスタイムは、それなりに甚大なものとなりました。 しかしながら、弊社スタッフによる懸命なる努力の甲斐があって、それら失われた時間や経費は、それでも何とか最小限度に納めることが出来たのではないかと思っております。 とにかく、今回のような大掛かりな引越しとそれに伴う新しいオフィスでのコンピュータやネットワークの設定や接続というものは、何が起こるか実際にやってみなければ本当に分からないものだということを思い知らされました。

弊社内の機器やネットワーク・システムがようやく落ち着いてきたところで、私は10日間の日本への出張に旅立ちました。 出張に出かけるまで今回ほどオフィスにいてヒヤヒヤさせられたことは今までになかったのですが、日本に行って、お客様と打ち合わせをしている最中でもネットワークやコンピュータが大きな故障などが起こさずに毎日滞りなく作動しているものかどうか、正直、気が気ではありませんでした。

それでも、この4月を振り返ってみますと、弊社の全スタッフがひとつのオフィスの屋根の下に集まったことで、業務の生産性は明らかに上昇傾向にあるようですし、コミュニケーションも細かいところではまだまだ調整や注意が必要であるものの、今まで2ヶ所にオフィスが分かれていたときと比べて、はるかに行き届いたものになってきていることを私自身強く感じています。 何よりも、弊社のスタッフ全員から、新オフィスでの働きやすい快適な職場環境に対して、高レベルの「従業員満足度」の声が聞かれていること自体が、このオフィス移転の大いなる成功の証明になっているのではないかと密かに自負をしております。

Ken Sakai
President
Pacific Dreams, Inc.
KenFSakai@aol.com

4月1日からPacific Dreams, Inc.の住所 ならびに電話番号・FAX番号が下記の通り、変更となりました。

Pacific Dreams, Inc.
25260 SW, Parkway Avenue, Suite D
Wilsonville, OR 97070, USA
TEL:503-783-1390  FAX:503-783-1391

 


 




Ken Sakai
Pacific Dreams, Inc.
President

 


翻翻訳事始め − 第35回 「In-Country Translator」

今月日本に出張している間に、とある翻訳会社を訪問してお話をお聞きしたときのことです。 その会社では、ターゲットとなる言語の翻訳については"In-Country Translator"、つまりその言語が母国語として使われている国に住む翻訳者に依頼をするというのが原則であるというその会社のガイドラインに従って、最も適切な翻訳者を探し出し、お仕事を依頼しているということでありました。

その意味で、弊社はアメリカにあって翻訳を行っている会社でありますので、日本語から英語への翻訳、すなわち英訳のお仕事はアメリカに住んでいる翻訳者を抱えている弊社のような会社にお仕事の依頼をしたいというものでありました。 確かにそれは、非常に理にかなったガイドラインであり、そのようなしっかりとした原則を貫いて、日々の翻訳オペレーションを行っているその翻訳会社は、立派な経営を行っている会社でありました。

翻訳会社のクライアントが、翻訳を依頼してくる文書や資料について、それらをアメリカで使うということであれば、それは誠に正しい選択を行っているものと思いますが、英語の翻訳といっても、クライアントがイギリスにいる顧客や企業向けであるのであれば、それはイギリスにいる翻訳者を使うべきものということになり、"In-Country Translator"の原則を厳密に押し通していこうとしてまいりますと、次第に困難な状況に陥ってまいります。 ご存知のように、英語と申し上げましても、オーストラリアやシンガポールの英語は、また少し違ったくせみたいなものがありますので、厳格に言えば、翻訳のターゲットとなる国への英語であれば、それら英語のくせまでを翻訳言語の違いとして反映させていかなければなりません。

しかしながら、日本での英訳依頼の80%以上は、特別な仕様や要求がない限りは、アメリカの英語にする翻訳作業のことを意味するのではないのでしょうか。 だからといって、アメリカで使われる英語がグローバル・スタンダードの英語であって、イギリスのQueen's (King's)Englishは、もはやグローバル・スタンダードでは言えないというようなことを申し上げているのではありません。 ですから、弊社で依頼を受ける英訳作業はあくまでもアメリカ英語での翻訳となり、イギリスやオーストラリアで毎日使われている英語とは違った綴りや言い回しによって翻訳が必然となされることになります。

現実的な翻訳ビジネスの世界を見ておりますと、英語への翻訳は、「英語圏に住む人々への翻訳」として拡大解釈されている傾向が強いように思います。 その「英語圏に住む人々」の多数派の人々がアメリカに住んでいるので、必然的に英語は何の注意書きも与えていなければ、アメリカ英語で英訳作業がなされる確率が高いことになるわけです。 翻訳者もアメリカ英語に慣れ親しんでいる方々が圧倒的に多数派であるということが当然ということになります。

しかしながら、翻訳作業をさらにひとつレベルアップして、英語は母国語であっても、その国ごとの人々のテイストなどに応じた微調整を行い、よりその国のマーケットや法律などにマッチングさせたマニュアルやガイドブックを作るのは、単なる翻訳という作業を超えた「ローカリゼーション」という作業の範疇になってまいります。 このようなローカリゼーション作業のレベルは、多くのIT製品やソフトウエアなどで、頻繁に要求が行われています。 したがいまして、"In-Country Translator"である翻訳者が翻訳するということの方が自然と望ましいことになります。

逆に、アメリカ国内の選挙や税金などの公布や告知についての州政府や郡(カウンティ)役所からの文書の翻訳(和訳)では、アメリカの社会制度などに精通していることが翻訳者の要件として重要となるため、日本にいらっしゃる"In-Country Translator"の方では、その要件を満たすことは難しいことが予想されます。 もちろんアメリカ生活を長く経験したことがあり、アメリカの社会制度についても見識のある翻訳者の方であれば、日本に住んでいても、そのような心配は無用なことであると思われます。 しかしそのような方の絶対数は、きわめて限られるということだけは確かであると言えるでしょう。

弊社のクライアントから翻訳依頼を受け取って、最も適切な翻訳者に翻訳を依頼するのは弊社の中では、プロジェクト・マネージャー(PM)の責任担当分野になります。 日本にいらっしゃる"In-Country Translator"の方を起用するのがよいのか、それともアメリカ国内の翻訳者に依頼するのがよいのか、その判断を強いられるのが、PMの日常での重要な仕事となります。 もちろん、その判断は私にも相談があるのですが、私としては、基本的にPMの判断を信頼し、判断がつきかねる場合に親身になって相談に乗るように心掛けています。

"In-Country Translator"の方々を使うべきかどうかは、どのような翻訳文書の依頼によるかはよって違ってくるのはもちろんのことなのですが、時差の関係やそれに伴う翻訳の納期も必然的に考慮に入れた判断でなければなりません。 日米間に存在する時差をうまく逆手にとって、翻訳作業をうまくコーディネートすることができれば、それは"In-Country Translator"にとっても、弊社のクライアントにとっても、より効率的に時間配分ができるということで、お互いのメリットは十分に享受できるのではないかと思います。 これらの判断は、PMの裁量に委ねられるところが大きいので、翻訳業務の成功か否かは、まさにPMと翻訳者との間での効果的なコラボレーションがうまく取り交わされているかどうかにかかっていると言っても過言ではないと考えております。

 

 
   


娘の大学で行われた"Family Weekend"

日本への出張を終えて当地オレゴンに戻って、本当に一息つく暇もなく、その週末(4月22日
〜24日)は、私の娘が昨年入学したワシントン州タコマ市にある私立大学、University of Puget Sound (通称、UPS)で開かれた 2回目の"Family Weekend"という大学キャンパス内に子弟の両親を招いて大学側が主催する、いわば大学版授業参観日のプログラムがあり、私たちも娘に会えるということで、時差ボケもまだ抜けきれていない中を、妻を車に乗せて4時間運転してタコマまで行って参りました。

前回のFamily Weekendでは、大学教授の両親向けのセミナーなどがあったのですが、今回はそのようなセミナーはなく、ハワイをメインテーマにした「ルアウ」と呼ばれるハワイのご馳走(ディナー)とコンサートが土曜日の夜に盛大に開かれました。 この大学では、伝統的にハワイ出身の学生が数多く在学していたということで、そのようなハワイの「ルアウ」という伝統行事がそのまま大学の年間行事のひとつに自然と溶け込んでいったとのことでありました。

そんなわけで、前回のように娘が教わっている大学教授に出会ったり、話を聞いたりすることは今回はなかったのですが、娘の友達とその友達の親御さんたちにも会っていろいろと話をする機会があり、とても有意義な経験をすることができました。 面白いことに、娘の友達の関心事やアカデミックなレベルは、娘と共通点が多く、またその親御さんと私たちとが話をする際に選ぶ話題や一般の関心事などもとても似通っていることがわかり、なぜかとても安心感を覚えました。

娘の方は、アメリカの大学の厳しい授業と宿題の山に毎日追われながらも、週末はクラブ活動や他の学生たちとの社交に精力的にエネルギーを費やしているようでした。 それは、1週間の中で勉学と遊びとのバランスを絶妙に保っているようでもあり、アメリカの典型的な一大学生として、大学最初の1年間(フレッシュマン)をとても満喫しているようでした。

大学は、5月の中旬には、1年間のカリキュラムが終了し、8月中旬までの3ヶ月にわたる長い夏休みがもう間もなく始まります。 一般にアメリカでは私立大学の方が、大学の始まる期間が早い分だけ、終了する時期も早く、州立大学とは約1ヶ月程度の差があるようです。

今回はタコマでも時間があったので、娘を伴って「タコマ・アート・ミュージアム」に見学に行き、ちょうど会場で開かれていた「ハドソンリバー派」(Hudson River School) と呼ばれるアメリカの1820〜1870年代に活躍をしたニューヨーク州を中心としたハドソン河の流れる流域に活動の地を求めた画家の作品が一同に特集として展示されていました。 アメリカにこのような絵画の大きな流れと画家とがそのような時代にいたことを恥ずかしながら初めて知りました。 1800年代のアメリカの大自然に魅せられた画家たちの雄大な絵筆のタッチに私も娘もただただ感動を残して、タコマにある(不釣合いなほど)この立派な美術館を後にしました。

 



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来月号の翻訳トークもどうぞお楽しみに!