English HonyakuTALK 翻訳トーク アーカイブ パシフィックドリームズ ホームお問い合わせ

   
Newsletter : Issue No. 38
        翻訳トーク
2005年 7月号          アーカイブ
English Japanese

「翻訳 トーク」  2005 年7月号のごあいさつ

毎年 7 月中旬近くになりますと、きまって私はサンフランシスコを出張で訪れます。それは、セミコンウエストという世界最大の半導体製造装置およびプロセス材料の国際展示会がサンフランシスコのダウンタウンにあるモスコーニセンターで毎年この時期に開かれるためです。今年のセミコンウエストは、 7/12 から 7/14 までの 3 日間、行われました。

セミコンウエストにまいりますと、その年の半導体産業の趨勢をある程度見通すことが出来るのです。セミコンに来場される訪問者数や出展ブース数、製品やテクノロジーもプレゼンやデモンストレーション、さらに参加者の目の輝きなどで、世の中の半導体業界の動向をそれなりに正確に予測することができるものなのです。

今年のセミコンは人の出という点では、残念ながら期待していたほどではなく、かなりスローなショウーになってしまいました。日本からの出展ブース数もそれなりに増えていたようですし、日本からの参加者数も多かったと思うのですが、肝心の半導体デバイスメーカーからの来訪者が特に少なかったように見受けられました。また、ここ数年増えつづけていた他のアジア諸国(韓国、台湾、中国)からの訪問者も減少に転じていたのではないかと見受けられました。

ということで、今年のセミコンは、いわば、「内輪のショー」的な色彩が強く、どれだけ本来ターゲットとなるべき半導体デバイスカスタマーに実際 PR ができたのか、実績としては疑わしい感じでありました。昨年後半から今年前半の半導体業界の伸び率は、前年比を割り込む月もあって、どこのデバイスメーカーも出費を厳しく抑えていることがこのセミコンを通しても実感させられました。

また半導体の技術は、確かにいまだ日進月歩で発展してはいるのですが、かといって、現在では多くの大規模なセミコンショーが各国で毎年開かれるようになり、このような大きなショーの開催を今後いかにして維持していくのか、セミコンを主催する SEMI 側にとりましてもしばらくは正念場が続くのではないかと思われます。

私個人といたしましては、懐かしい方々の顔や以前にとてもお世話になった方々とも久し振りにセミコン会場でお会いすることが出来ましたので、その意味ではおかげさまで十分満足の行けるセミコンショーの内容となりました。夏でも、朝晩は霧がでて、肌寒い感じのするサンフランシスコの街は、セミコン開催中の 3 日間は、すばらしい快晴の天候に恵まれ、すがすがしい夏型の西海岸気候を満喫できました。

今年後半からは、各メーカーの半導体製造稼働率も上昇してくるという予測は立てられてはいるのですが、それが次の設備投資に結びつくまでには、まだしばらくは時間がかかりそうな気配でありまして、今年いっぱいは半導体メーカーの動きも、静かなものとならざるを得ない模様です。

今月の「翻訳トーク」はセミコンウエストでお会いし、名刺交換をさせていただいた方々も私の方で勝手にメールリストに入れさせていただきました。ご迷惑でなければ、ぜひともこの「翻訳トーク」を継続的にお送りさせていただけましたら幸甚です。お目を通していただけましたら誠にありがたく存じますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

Ken Sakai

President

kenfsakai@pacificdreams.org

4 月 1 日から Pacific Dreams, Inc. の住所 ならびに電話番号・ FAX 番号が下記の通り、変更となりました。

Pacific Dreams, Inc.
25260 SW, Parkway Avenue, Suite D
Wilsonville, OR 97070, USA
TEL : 503-783-1390 FAX : 503-783-1391

 


 




Ken Sakai
Pacific Dreams, Inc.
President

 


翻訳事始め − 第 39 回「翻訳しただけではうまくいかない!」

今月号のテーマは、ちょっと変わっています。世の中には、そのまま翻訳をやってみてもうまくいかない類の翻訳が実はけっこうあるものなのです。それらを力づくでねじ伏せて何とかかんとか翻訳してみたところで、結果はむしろ悲惨。クライアントからのクレームの対象になりかねませんし、クライアントご自身、翻訳したことによって、評判を落とすか、いらぬ風評を投げかけることにさえなりかねません。

この「翻訳しただけではうまくいかない」代表例が、企業の年次報告書( Annual Report )やウェブサイトの翻訳です。年次報告書や会社案内の中には、決まって、「社長のご挨拶」の欄があるものでありまして、この「社長のご挨拶」の翻訳が翻訳会社にとりましてもまさに鬼門であります。

恐らく、「社長のご挨拶」というのは、主に日本の顧客や株主の方々を対象として発せられたものであり、内容は、日本人の感覚での「平素より大変お世話になりまして」から始まり、「今後ともご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」で終わる日本の伝統的なビジネス形式を踏んだ内容がほとんどとなります。しかしながら、このような日本独特の挨拶形式をそのまま翻訳してみても、英語ではまずは用をなさないことは、火を見るよりも明らかです。

まさかこれを直訳する翻訳者はいないとは思うのですが、仮に意訳を試みてみたところで、欧米の企業が発行する Annual Report と比べた場合、どれだけ見劣りのする内容の社長メッセージとなるものなのか、想像に難くないものと思われます。ここで、問題なのが社長からのお言葉であるがために、誰も社内で訂正や修正を容易には加えられないということです。翻訳する場合も社長の意図する内容を少しでも違った表現などにしようものなら、たちまちクレームの嵐が吹き荒れることになります。

企業がグローバル化して、海外に工場やオフィスを設け、製品が世界中の市場で販売され、サプライヤーも世界の国々にちらばり、株主も海外の投資家が侮れない割合で一定の株式を保有しているということになっても、英語に翻訳された会社案内や Annual Report は、おおむね意味不明の社長挨拶から始まるレベルのものしか作成できないということでは、立派なグローバル企業の実態と比べてみてもあまりにもコーポレートカルチャーとしてはもの淋しいのではないかと意を呈する次第であります。

社内文書は別として、 Public Relation あるいは、 Investors Relation として作成する文書やレポートは、当然その対象となる Targeted Audience が存在するわけです。その Audience の人たちの多くがアメリカに住んでいるのであれば、やはりアメリカに的を絞った文書形式やレポート形式にすべきではないかと思うのです。つまり、冒頭にありますように、単に英語に翻訳しただけではうまくいくはずもないのです。

しかしながら、このような高いレベルまでの要求を翻訳者に依存するのは、恐らく現実的ではないでしょう。欧米企業の Annual Report や会社案内にある英語レベルを日英翻訳者に期待しても、期待する相手がそもそも場違いである感じがいたします。翻訳者以外の方々の協力をそこでは仰ぐ必要があろうかと思います。

アメリカの大手企業であっても、 Annual Report の作成は、外部にある IR ( Investors Relation )専門会社にスクリプトから内容構成、レイアウトやグラフィックに至るまでを一括して発注し、アウトソーシングをするのが普通のようです。日本国内でもそのような IR に特化したサービスを提供する会社が出てきているようですが、欧米企業に伍したレベルでの英語による Annual Report を作成できるようなアウトソース先はほとんど皆無の状況にあるのではないかと思います。

アメリカにあっても事情は、似たり寄ったりです。アメリカの大手グローバル企業や多国籍企業は、ウェブサイトのグローバリゼーション、つまり、多言語によるウェブの翻訳作業を翻訳会社に発注をします。大方のヨーロッパ系言語では、単なる直訳的な翻訳でもそこそこ問題なく受け入れられているようなのですが、こと、アジア系言語、その中でも日本語サイトの翻訳は、どうも頻繁にクレーム対象となっているようなのです。

やはり、ここでもウェブサイトの翻訳は、単に翻訳しただけではうまくいくわけがないのです。いったん日本語に翻訳されたサイトは、日本国内にあるアメリカ企業の日本法人や支社などで行われる“In-Country”レビューの際に、必ずといってよいほど、問題になります。適切な業界用語が使われていないという程度のことでしたら、クレームはまだ軽くてすむのですが、日本が持つ文化的背景に即して、適切ではない表現や事例などがそこかしこにありますと、修正は大変な時間と労力を要することになり、それこそクライアント企業にとっても翻訳会社にとっても、まさに悪夢の到来と化します。

このような文化的背景までも事前に十分考慮がなされた上で、翻訳が進められるというような手順を取っているクライアントや翻訳会社の例をアメリカにいても私はいまだに見聞したことがありません。今回は、日米それぞれの問題点をとりあえず浮き彫りにしてみたわけですが、現在のところ、決め手となるような対策や改善策は具体的には見えてきていません。しかしながら、遅かれ早かれ、これらの問題は、いずれ大きくクローズアップされ、解決に着手していかざるを得ない様相を呈するのは間違いのないことです。

具体的な解決策までを今回ご提示できないのが、私も非常に歯がゆい思いなのでありますが、このコラムの中でも引き続き検証してまいりたいと思いますので、皆様方からのご意見なども大いに参考にさせていただけましたら大変ありがたい限りです。弊社としても今後、このような重要な問題に真摯になって取り組んでまいりまして、日米の掛け橋としての役割と期待とをますます果たしていくことができますよう、全社員のベクトルをひとつにして精進してまいる所存でございます。

Ken Sakai
President
E-mail: KenFSakai@pacificdreams.org

 

 
   

オレゴンの夏は、バーベキューとともにやってくる!

オレゴン州も 7 月 4 日の独立記念日を過ぎたあたりから、ようやく本来の夏らしい、大変乾いた晴天の毎日が続くようになりました。夏が来るときまってアメリカ人は、自宅のバックヤード(裏庭)やテラスを使って、バーベキューを家族や友人たちとともに賑やかに楽しみます。

今年は、私たちの住む住宅街の有志グループが計画を立てて、ご近所の「バーベキュー祭り」が 7 月 4 日の休日にありました。“ Summer House ”という名前のついたこの住宅街を取り囲む真中は、芝生に囲まれた公園になっていて、ブランコやバスケットボールのコートも設置されている共同のアミニティ広場となっております。

当日の天候と参加者が何人集まるかと最初は心配顔であった有志グループのリーダー格である Ronda は、住宅街(全部で 19 戸ある)の約半分のファミリーが参加をしてくれたので、この第 1 回 Summer House バーベキュー祭りは大成功、また来年も必ずやりましょうということで、参加者全員大満足でした。

ご近所の方々ともいっそうの交友と親しみを持つことのできた、まことにアメリカらしい催しで、このようなバーベキューをしながら、各家庭からの料理を持ち寄って、舌鼓を打ちつつ歓談を楽しみ、近所の幼い子供たちは賑やかにはしゃぎまわるというのは、さんさんと日差しが降り注ぐオレゴンの乾いた夏を通じての風物詩でもあります。

今月の下旬には、友人夫妻(アメリカ人のご主人と日本人の奥様)の経営する小さなワイナリーで、セーレム(オレゴン州の州都)地域に住む日本人の家族や学生さんが集まって、各自持ち寄り(ポトラック・ピクニック)の一品料理とバーベキューをする企画があり、今からとても楽しみにしているところです。

ワイナリーは、小高い丘のブドウ園の真中にあって、見晴らしもすばらしく、そこでオレゴン名産の赤ワインであるピノーノワールのテイスティングをすると、仕事のストレスやプレッシャーもどこか遠いかなたに吹き飛んでしまいます。

彼らの 2003 年のピノーノワールは色、香り、味わいすべてに関して最高のできでした。少量生産のためもあって在庫もあと僅かだということです。もうすぐ 2004 年のピノが出るということで、こちらの方も今からわくわくしながら、最初のボトルを手にする日を待ちわびているところです。

 

 

書評「日本から文化力:異文化コミュニケーションのすすめ」

ジェフ・バーグランド 著

現代書館 ・ 2003 年 10 月 31 日刊  236 ページ

著者であるジェフ・バーグランド氏は大阪にある帝塚山大学ならびに大学院の人間文化学部教授で、 1970 年に英語教師として日本を訪問して以来、関西を中心に英語ならびに日本語による数多くの執筆活動とテレビ番組でのファシリティター役として大変にご活躍されている、関西地方ではちょっとした有名人兼タレントであります。

この書籍では、「異文化コミュニケーション」を学問としてとらえ、しかしながら学問体系のさわりとして、専門的にはなりすぎず、誰にでも身近に経験したことがあるコミュニケーションの違いによる誤解や異文化間での発想の違いについて、大変興味深い観察を随所で紹介してくれています。

異文化ビジネスのコンサルティングを業務のひとつにしている私も、この「異文化コミュニケーション」という学問が 1950 年代にまさにアメリカ政府の肝入りで始まったというのをこの本の中で初めて知りました。

当時のアメリカ政府は、朝鮮戦争( 1950-1953 )終了後、戦時中に大活躍したジェット機が軍需用としてだけではなく、民間機として発展を遂げ、多くの観光客やビジネスマンを乗せて世界中を行き来する時代が来るであろうこと、そしてコンピューターを使い始めたばかりのアメリカ政府はすでに世界中にあるコンピューターが電話回線でつながり、情報も国境を越えて自由に飛び交うようになるだろうという、現在のインターネットを予見する状況をすでに見出していたというのです。

物も動く、人も動く、そして情報も動くということで、今までは個々に隔離されていて、普通出会うことのほとんどなかった文化も海外の地に出て行き、そうなると言葉の違いもさることながら、文化間での摩擦が頻繁に起こるのではないかという懸念が政府の中からも起こり、そういった摩擦を和らげるために、言語学、人類学、心理学などの分野の当時では第 1 級の専門家を招いて、討論を行ったところ、「異文化コミュニケーション」という新しい学問ができたというなのです。

著者のバーグランド氏の目線は常に日本人の目線のあたりで物事が観察されていて、京都にある自宅から彼が帝塚山大学まで通勤で通う京阪電車や地下鉄御堂筋線での日本人の行動や会話を引き合いに出し、しかも関心があれば、行動や会話の主とも話をしながら、日本人持つ文化(それを文化力と表現している)についての興味ある推察を展開してくれています。

1950年代にアメリカから生まれた「異文化コミュニケーション」の学問が、50年の歳月を経て、今度は、日本から日本文化の輸出国としての気概を抱いて、世界の平和にいっそう貢献してほしいという願いと確信とをもって著者は本書を執筆されたということで、「異文化コミュニケーション」に門外漢である一般読者もきっと、彼のやさしく思慮にあふれた目線に惹かれることと思います。

Ken Sakai

KenFSakai@pacificdreams.org

*Pacific Dreams, Inc. では、「日本から文化力:異文化コミュニケーションのすすめ」(現代書館: $36.00 Each, Plus Shipping & Handling $6.00 )を在庫しておりますので、ご希望の方は、お電話 (503-783-1390) または、 E-mail で bookstore@pacificdreams.org まで、ご連絡ください。

 

   



このメールマガジンの配信を解約されたい方は、恐れ入りますが、unsubscribe までアクセスされ、必要事項をご入力して下さい。.
If you would like to receive the English version of HonyakuTALK, click here.

© Copyright 2005 Pacific Dreams, Inc., All Rights Reserved
来月号の翻訳トークもどうぞお楽しみに!