翻訳事始め − 第 45 回「翻訳におけるナレッジ・マネージメント」
弊社は、アメリカ・オレゴン州にある翻訳会社として1992年6月の設立時から、英語と日本との間での単言語翻訳会社(SLV:Single Language Vendorと英語では言うのですが)現在に至るまでも基本的にSLVの形態をとりながら、コアコンピタンスとしての翻訳業務に邁進してまいりました。
SLVであるがゆえに、当初は私自身の前身であり、バックグラウンドを持つ半導体製造技術分野を中心に始めた翻訳業務ではありましたが、お客様のからご依頼を受ける翻訳文書に関しましては、どのような分野におきましても、今までお断りをしたということはほとんど記憶になく、試行錯誤を繰り返しながらも、おかげ様で今では、きわめて広範囲の専門分野にわたる日英、英日翻訳のエキスパート・カンパニーとして、皆様に広く認めていただけるまでに成長することができました。
翻訳ビジネスを長年やっていて何が難しいかったかと申し上げますと、すべての翻訳業務は、ほとんどが一回勝負のものでありまして、当たり前のことですが、同じ文書の翻訳は二度とくることはございません。つまりカタログにある製品(コモディティ)を繰り返し製造し、それをお客様にお届けするというカタログ・ビジネスとはまさに対極に位置する、すべてがカスタムメイドの究極の単品ビジネスという点にありました。
仮に半導体製造装置メーカーさんの翻訳のお仕事であっても、すべての翻訳が装置の取説(取扱説明書)のようなマニュアル翻訳だけのご依頼なのではなく、中には、特許申請の明細書であるとか、海外での代理店契約を結ぶ際の契約書、財務諸表や年次報告書など、それは半導体の分野と申し上げましても、そこには翻訳に対するさまざまな潜在的ニーズが当然存在しているわけであります。マニュアル翻訳だけの仕事を弊社ではこなしていれば、それでことが足りるというほどに単純な業務ではなかったのです。
翻訳のご依頼をされます企業のお客様側にとりましても、マニュアル翻訳はA社に出し、特許翻訳はB社に出し、契約書翻訳はC社に出しというのでは、翻訳というサービス分野だけでも3社も4社も業者が外部にあるというようなやり方をとりましては、管理やリソースとが煩雑になりすぎ、担当者の負担やコストなどもかかりすぎてしまいます。
ですから私どもが当初から目指しておりましたのは、単言語翻訳会社(SLV)としてお客様からいただくすべての翻訳のご依頼を弊社1社でお引き受けすることのできる能力を有する翻訳会社としての社内の体制作りでありました。しかしながらこの体制作りは、口でこういうほど簡単なことではありませんでした。
まず翻訳会社として弊社では、当然のことながら、外部にいる翻訳者のリソース作りから始まり、各専門分野に特化している翻訳者の方々を探し、コンタクトする作業が開始されました。おかげ様で、半導体デバイスの特許翻訳に精通している翻訳者、契約書の日英翻訳にこなれている方、企業財務に詳しい翻訳者の方と、今では、立派なリソースリストが社内では構築されるようになりました。
さらに、最近始まったことなのですが、今まで数多く手がけてまいりました翻訳文書のアーカイブ(注:文書を整理・記録して所定場所に保管すること)を専門分野ごとに整理し直し、専用フォルダの設定を行い、弊社の中にあるネットワークコンピュータのハードディスク内に専用ディレクトリを設けて、翻訳業務の履歴を構築していくというかなり大掛かりな作業に着手し始めました。
実はこの作業の思いつきというのは、やはり先月の「翻訳トーク」でご紹介をしました「見える化」という書籍の中で、ある企業での成功事例として書かれていたことからでありました。それは日本で団塊の世代が大量に定年退職を迎える「2007年問題」に対応するためにある大手建設メーカーの試みについてでした。この試みは、過去に行われた数々の建設プロジェクトのまさにナレッジ・マネージメント化、つまり知識の共有化を効果的に整理し推進することによって、若い世代にベテランの社員たちのノウハウを継承しようとするものでありました。
弊社でも会社が始まって以来、過去の翻訳文書はすべてお客様ごとにアーカイブされていただけでした。(注:弊社では、アーカイブ期間は、翻訳終了後、原則として3年間とし、3年を経過した文書は基本的にハードコピーならびに電子ファイルとも廃棄処分することになっています。)ところが、ひとつのお客様からの翻訳の中であっても先にも書きましたとおり、さまざまな翻訳文書のご依頼があったわけでありまして、それらを各分野別に整理をして、専用フォルダに入れ直すという作業がまったくなされていませんでした。
この翻訳アーカイブの再構築によって、今まで行われた翻訳文書の社内での「見える化」がそれなりに達成することができるのではないかと期待をしております。とりわけ、今後弊社で、力を入れてまいりたいと考えております、「医療装置や医療機器」や「医薬品」などの高度な専門知識を必要とする分野、そして「バイオテクノロジー」や「ナノ・テクノロジー」などの最先端技術分野にスポットをあてたナレッジ・マネージメントからの効果をこれら分野における今後の翻訳業務に対して大いに発揮することができるのではないかという希望と信念を抱いております。
これらの分野は、今から急速に発展してくる分野であるにもかかわらず、これら分野での翻訳経験のある翻訳者の絶対数が極めて不足しているという深刻な事態が実は隠されています。しかも近い将来、大量の翻訳文書が発生するのではないかということがすでに予測されていて、それらを効率的に翻訳していくためには、やはり翻訳メモリー(TM)などを有した翻訳支援ソフトをある程度活用していかなければならないものと思われます。従いまして、弊社でも過去の翻訳アーカイブを再構築し、ナレッジ・マネージメント化することによって、その来るべき翻訳ニーズへの対応を今から準備してまいりたいと考えている次第なのです。
Ken Sakai
President
E-mail: KenFSakai@pacificdreams.org
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