翻訳事始め − 第 49 回「
ウエブサイトの翻訳と英語化
」
この「翻訳事始め」もはからずも 50 回目を迎えました。最初に書き始めましたのが、 2002 年の5月ごろであったかと思いますので、ちょうど5年目を突入したところです。今まで自分でもよくもまあこれだけ書くことが尽きずに続けられてきものだという感慨にふけったりもしてしまうのですが、翻訳の世界というのは、書いても書いても、題材だけはまだまだ無尽蔵にあるという、実に奥の深い世界であり、しかも問題点も尽きないということがはからずも私にもわかってきたという次第であります。
今回は、ウエブサイトの翻訳について、書いてみたいと思います。ただし、あまりテクニカルなことは、私自身もソフト関係のエンジニアではありませんので、門外漢というところがありまして、それらは専門の方にお譲りをするとして、ウエブサイト翻訳のプロセスとその概要、そして翻訳で発生するところの基本的な問題点、英語で言うところの“ Issues ”を取り上げさせていただきましたらと存じます。
最近は、英語のサイトをお持ちになっている日本企業の数も増えてまいりました。そのおかげで、弊社にも日本語サイトの英語化への翻訳と英語サイト立ち上げの依頼が増えてきております。ウエブサイトの翻訳は、通常、 HTML ファイル(必ずしも HTML ファイルだけというわけではないのですが)をお客様からお送りしていただき、それらのファイルを TRADOS という翻訳メモリー機能を持つソフトを使って、アナライズを行い、お見積りを作成いたします。これは、 TRADOS を使うことによって、繰り返し部分( Repetition )も分けて数えることが出来るからです。
見積りがお客様から承認となった場合は、それで翻訳を弊社で開始しますが、やはり翻訳は通常 TRADOS を使って行われます。翻訳後は、 TRADOS のバイリンガル上のファイルで、日本語と翻訳された英語とを比べてのプルーフリードが弊社のネイティブ・イングリシュ・スピーカー( NES )によってなされます。そしてプルーフ作業が終わったところで、 TRADOS のバイリンガル・ファイルを英語だけのファイルにする作業(クリーンアップ)を行い、最後に DTP (Disk Top Publishing) のソフト( DreamWeaver など)を使って、フォーマット作業をします。
また、リンク先などのコードがファイル変換中などに誤って消されていないかどうかなどもチェックの対象となります。それらを最後にもう一度チェックするファイナル・レビューを行いまして、 HTML コードやタグの確認をし、ようやくお客様に提出ということになります。これでお分かりになろうかと思いますが、ウエブサイトの英語化は、単なる翻訳作業だけではない、いくつもの複雑な工程を経て実現する、まさに“プロジェクト”であるかと申せます。
さて、ここでウエブサイトの翻訳について、お客様の視点に立って少しお話をしたいと思います。多くの企業では、いまだに自社のサイトを英語化するというのは、残念ながら(余計な)コストの発生という見方、あるいは意識しかなされていないように日頃から感じております。しかしそのような意識を 180 度変えてみて、ウエブの翻訳は、自社にとっては、非常に効果の高い効率のよい投資であり、 PR 戦略なのだという見方をしてみてはいかがでしょうか。それでは、その辺の根拠についてお伝えいたしましょう。
皆様方がご存知かどうかわかりませんが、アメリカの企業には、一部の大企業を除いては、いわゆる「会社案内」というような印刷物は、昔からほとんどありませんでした。自社の持っている製品やサービスに対して、あくまでもパンフレット(英語では Brochure )やカタログを作っておりましたので、その中で、僅かなスペースを使って、会社のプロフィールを紹介している程度で、日本の会社案内のように、社長のお言葉から始まって、会社の沿革、組織図、事業所の所在地、工場の設備といったものが1冊の冊子になったものは、基本的には、制作していなかったのです。
ですから、日本のメーカーさんがアメリカの新規顧客開拓ということで、アポをお取りになって面談にお越しになられ、英語に翻訳された立派な会社案内を見せられますと、まずは資金力のある立派な会社なのかなと思われるのと、コストの無駄使いをしている会社なのではないかと思われるのとどちらかなのではないかと私はひそかに考えておりました。実は、私が日系企業(三菱シリコンアメリカ、現 SUMCO USA )に以前勤務しておりましたときには、 5 年ほど、資材担当(バイヤー)をしておりました。そのときに、日本の半導体装置メーカーさんや材料メーカーさんが、私どもに会って商談するために随分と日本から足を運ばれていただきました。
そのときは、他のアメリカ人のバイヤーやエンジニアと一緒にミーティングに参加するのですが、そのときのアメリカ人である同僚からの反応は、押しなべて後者の、つまりこんな立派な会社案内を作るのにお金をかけるより、もう少し、装置や材料の値段を安くしてほしいというまあ、冗談交じりの一種のネゴに近いような言葉も交わされておりました。これはもう 10 年以上も前の話でありますので、今では少しは状況が変わっているのではないかと察しておりますが、それでも会社案内というのは、やはり日本独特のものではないかと今でも感じることが多々ございます。
アメリカで開かれる見本市や展示会に行きますと、今ではほとんどの企業はブースにはいっさいパンフレットやカタログなどの印刷物は置かれておりませんで、ブースにいる営業担当者は、自らのラップトップに無線 LAN を駆使して、こともなげに自社のウエブサイトにアクセスして、それで次々に製品やサービスのプレゼンをしています。これで私のお話したかったポイントがお分かりになったかと思いますが、お客様の持っているウエブサイトを翻訳することで、会社案内やパンフレットに取って代わった、効果的で営業的な使い道が相当柔軟に広がるものなのです。
会社のウエブサイトが多岐の事業分野にまたがっている場合には、まず海外に販路を求めている事業部のサイトだけでも、英語化されてみてはいかがでしょうか。海外市場に打って出ていく事業部とそこの製品とをまずは英語にし、代わりにその英語のサイトは、オリジナルの日本語のサイトよりももっと詳しく記述する必要が出てくるかもしれません。存在する日本語のサイトを単に翻訳しただけでは、海外の新規ユーザーには、ピンとこない場合が実はほとんどなのです。残念ながら、日本で行われているウエブサイト英語化の 99 %は、日本語を英語に翻訳して置き換えた程度のもので、海外の顧客や市場に対して親切なものにはなっていません。
これでは、有効な投資にはなりませんし、投資しても投資金額を回収することはままなりません。この問題は、実は大変深刻な課題であると私は常日頃から感じていることでもありますので、問題の詳細については、紙面の関係で次号に譲ることといたしまして、ウエブサイトの英語化に潜む問題点の顕在化にそなえた問題提起と改善策ならびにコストではなく、投資であるといった点についても再度、お話を展開させていただきたいと考えておりますので、引き続きまして、どうぞお付き合いいただけますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
Ken Sakai
President
E-mail: KenFSakai@pacificdreams.org
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