日本では2022年4月から中小企業も含めてのパワハラ防止法が施行となっているのは皆様ご存じのことではないかと察しますが、さて一方のアメリカでは日本のパワハラ防止法に該当する法律があるものなのでしょうか?皆様からのご認識でそうでありますように、セクハラはアメリカでは明確に法律に反する違法行為であり、その該当する法律は連邦公民権第7章(‘Federal Civil Rights Act, Title VII)および各州ごとに制定されている州の差別禁止法ということになります。その一方で、アメリカでは日本のこのパワハラ防止法に匹敵する法律は連邦でも州でもいまだどこにも見当たらないというのが偽らざる現状となっています。
これは、法治国家としては長足の計にあるアメリカとしてはきわめて意外な側面をお感じなられる向きがおありであっても決して不思議ではないと感じます。アメリカの連邦公民権法第7章は1964年に制定され、さらに州差別禁止法はニューヨーク州やカリフォルニア州など一部の州ではそれ以前に制定されているにもかかわらず、いまだパワハラ防止法がアメリカではどこにも見当たらないというのは、解せない話ではないかと考えてしまいます。では、そもそもどうしてアメリカでは日本と違ってパワハラ防止法がいまだ存在しないのでしょうか。(それはお隣のカナダやイギリスなどをはじめ主要なヨーロッパ諸国にはほぼ皆該当する法律があるにもかかわらずです)
これは私の見立てによるところが大きいので、ひょっとしますと皆様から異論が出でくる可能性は排除できないのでありますが、アメリカ特有の “Employment At-will” に起因しているのではないかというのが私の持論になります。つまり、Employment At-willなのだから、上司や同僚などから受けるパワハラが嫌であるのなら、我慢してその職場にいつまでも留まっている必要などないとする考え方です。実際に私もこちら地元で開催されたある外部セミナーに参加した際に、弁護士資格を持つセミナーの講師の方がパワハラ対策として、そんな会社はとっとと辞めて、別の転職先を見つけることだとあっけらかんに述べていたのが印象的で、記憶に残っています。これは、やはりEmployment At-willであるアメリカの雇用原則があるからこそ、発言されることであって、そうではない日本のような(終身雇用とはいわないまでも)長期雇用が未だ原則である雇用環境下にある国では決してセミナーの中で言えるようなパワハラ対策にはなり得ないと思いました。
長期雇用が未だ原則の日本では職場でパワハラがあっても、なかなか辞められない環境下ではパワハラは確かにいっそう深刻で陰湿であり、そのような職場で働く人々の心身を蝕みます。それともうひとつのアメリカ独自の理由というか、状況があるのではないかと考えられます。それは皆様ご存じのように、アメリカは訴訟大国であるという事実です。もし法律が可決されて、アメリカでもパワハラ防止法が施行になった暁には、恐らくセクハラと同等かそれ以上の訴訟が全米各地で起こされ、収拾がつかなくなる可能性すらあるのではないかという懸念です。あくまでも私見ではありますが、これ以上訴訟を増やしたくないとするアメリカの行政機関や立法側の配慮もそこには含まれている可能性がなくもないのではと思われます。
アメリカのパワハラ防止に関してもう少しだけ詳しくお話しいたしますと、全米の中で唯一カリフォルニア州だけがパワハラ防止のトレーニングを2年に1回行うとされるセクハラ防止トレーニングの中に必ず含めて、トレーニングを従業員に提供する義務を州法で課しています。カリフォルニア州では、パワハラのことを法律用語としては “Abusive Conduct” という表現を用いています。パワハラ、つまり Power Harassment というのは日本人からすると非常に英語的に通りそうな表現に感じられるのですが、実は完全な和製英語でありまして、恐らく余程の日本ツウのアメリカ人でない限りは通じない英語表現ですので、使用はご注意ください。他には、Workplace Bullying、つまり職場でのいじめという言い方もパワハラとしてこちらでは一般的に使われています。
ということで、今回はパワハラが日本ではすでに法制化されているのに、法治大国のアメリカではなぜ法制化の対象にいまだなっていないのかを雇用形態における根本的な違いから生じる温度差として私の見立てを展開させていただきました。皆様からのご意見もお聞きしてみたいと思いますので、異論や反対論など忌憚ないご意見も含めまして、お聞かせいただけたら、とても有り難いです。アメリカでは、パワハラ防止法は将来も含めて法制化されるという足音さえ聞こえてこないのが偽らざる現状となっております。もしあるとしてもカリフォルニア州のようにせいぜいパワハラ防止をセクハラ防止トレーニングに含めること程度での着地点に落ち着くのが関の山のように思われます。
