過去2年余りを振り返りますと、世界はコロナ禍のパンデミックを通じて、未曾有の変化を余儀なくされた実体験期間であったという感覚を禁じざるを得ません。もっとも危機的な状況に瀕したのは医療機関の現場であったことは疑う余地はありませんが、どこにでもある通常の職場もおしなべてコロナの脅威にさらされ、好むと好まざるとにかかわらず、およそ強制的で突然の変化に対面し、それら変化を即刻受け入れていかなければならなかった2年間だったと申し上げられます。その職場でのまさに最前線に位置し矢面に立たせられていたのが、各企業のHR担当者ではなかったでしょうか。
新型コロナウィルスによる公共衛生上の危機は例外なくほぼすべての職場と従業員を直撃したと申し上げられます。その結果として、多くのオフィスでは従業員をリモートワークに移行させ、気がつくと自宅勤務が日常的な空間になっていました。そのための社内制度上での見直し、コミュニケーションや指示系統のやりくり、従業員の時間管理、生産性やパフォーマンス上での評価など、従来のオフィスワーク一辺倒であったときにはほぼ考えなくて済んでいたことがあるときを境に現実的なニューノーマルとして対応し、受け入れざるを得なくなりました。
さらに法律上でも家族も含むコロナ感染した場合の自主隔離期間やワクチン接種のための有給シックリーブ法、そしてオフィスワークではコロナ禍前まではあまり馴染みのなかったOSHA(Occupational Safety and Health Administration; 職業安全衛生局)やEEOC(Equal Employment Opportunity Commission; 雇用機会均等委員会)、そしてCDC(Centers for Disease Control and Prevention; 疾病対策予防センター)から出されたコロナ感染に関する各種ガイドラインにまず最初に対峙しなければならない社内のポジションはやはりHRではなかったでしょうか。
社内の中ではHRはアメリカの雇用や法令にもっとも詳しい部署であるというのが従業員からの一致した認識であるかと思われますが、コロナ禍で目まぐるしく変わる法令やガイドラインに太刀打ちしていくのは、機転の利く経験豊富なHR担当者であってもそれはハードルの高い領域であったといえるでしょう。つまりいったん感染症による緊急事態が起こると、もはや未知の領域の話であり、行政も司法も試行錯誤を余儀なくされます。コロナ感染や濃厚接触による自主隔離期間は次々にアップデートされ、それらはワクチン接種の有無やその回数とで変わってまいります。感染による隔離のための就業補償は法令による有給シックリーブに始まり、一部の州から提供されている短期障害時補償保険(SDI: Short-term Disability Insurance)や失業保険、家族向け看病のための有給家族休暇(PFL: Paid Family Leave)などのさまざまなセーフティネットが用意されている現実があります。
これらセーフティネットは、基本的にはすべて従業員の自己責任でみな自分たちが州にオンライン上で申請する公的ベネフィットとなってはおりますが、会社側にもそのような公的ベネフィットが用意されていることを従業員に指南してあげる道義的責任があるように私は感じています。会社で用意されている従業員ハンドブックの中にも会社提供のベネフィットと同様に連邦や州から提供されている公的ベネフィットについてもページを割いておく必要があるということです。社内でそのことを知っているべき立場にあるのはやはりHR担当者でありましょう。ですが、それらの公的ベネフィットの内容や適用、そして法令も毎年アップデートされ、変わっているのも事実です。HR担当者としての社内の期待に応えいくはことほど左様に決して簡単なことではありません。
パンデミックになってからというもの、アメリカのHRを取り巻く環境や規制は変化し続け、その内容は複雑化し高度化していると申し上げて過言ではないかと察せられます。まずそれら変化にキャッチアップすること自体が容易なことではなく、それら変化に会社としてどう布石を打つのかまで行き着くことは並大抵なことではないといえます。大企業様であれば、HRの人員や組織も充実しているのかもしれませんが、50名未満の中小企業様の場合、専属のHRマネジャー自体置かれておらず、総務や経理などと兼任してかろうじてHRもカバーしているというのが実態ではないでしょうか。特に小規模の日系企業様ではよく耳目にする光景であろうかと存じます。
このようなHRの状況は何も日系企業様に限定されることではなく、アメリカの小規模企業でも実態はまったく同じです。では、星の数ほどあるアメリカの小規模企業は変わりゆくHRの環境や施策にどのようにアップデートし、対応しているのでしょうか。多くは、信頼できる外部の支援を仰いでいます。2000年代の最初ぐらいまででしたら、さほどそのような需要は高くなかったと思われますが、いまや外部の会計会社を使うのと同じぐらいの切実なニーズが出てきています。ましてや日系企業様の場合、不慣れな海外の地で言葉も文化も法律も異なる土壌で、パンデミックの危機を乗り越えることはまさにチャレンジ以外の何ものでもありません。