世界最大の人事管理担当者協会でありますSHRM(Society of Human Resource Management )の2022 – 2023 Workplace Report によりますと、70%のアメリカで働く人事担当者(HR Professionals)は自分が処理できる仕事量のキャパシティを超えてしまっていると訴えており、61%はスタッフ数が足りていないと回答しているというのです。人事担当者におけるこのような過重労働をうかがわせる状況は何も今に始まったことではないのですが、長く尾を引くパンデミックに起因したリモートやハイブリッドワークの拡大や慢性的な人手不足などから、この数字は過去にないほどの重みをもっているということが言えます。
それら過重な職場環境を緩和できる期待として、人事担当者たちも注目しているのがまさにChatGPTを始めとする生成AIのテクノロジーだといえます。人事担当者がほぼ毎日のようにこなさなければならない業務のひとつに従業員の勤怠管理やペイロールがあります。これらの業務ひとつをとってみても、生成AIがその業務の肩代わりを人事担当者にとって補ってくれることが出来たら、相当数の時間削減および生産性の向上につながるところとなります。ただし、勤怠管理やペイロールをつかさどる会社ルールは各社各様のものでありますから、なかなか出来合いの勤怠ソフトまかせですんなり対応というわけにはいかないのかもしれません。そこで、生成AIのテクノロジーを使ってコード無用のプログラミングを自分たちで作ってみることが今後、ソフト技術者やITスペシャリストではない人事担当者でもできるようになる日が近づいてきているのかもしれません。
そういう意味で、生成AI実用化のトレーニングを積むことによって些末な勤怠管理やペイロールという毎日多大な時間を要していた日常業務を自動化して、生産性を飛躍的に高め、生身の人事担当者にしかできない従業員との対人関係に根差したより気遣いを必要とする業務に時間を十分割けるようになるのも決して夢物語ではないと申し上げられます。すでにジョブディスクリプションや社内ポリシーの作成あるいはそのアップデートなどは、生成AIをお使いになられている企業様も多く散見される昨今です。そのジョブディスクリプションを用いて、採用応募者の中からの自動での取捨選択もAIでできてしまう時代がすでに到来しています。先ほどのSHRMのレポートに戻りますが、人事担当者の65%はAIはアメリカのHR業務全般にとってポジティブな影響をもたらしてくれるだろうという期待感を示しています。
しかしながら、言わずもがなではありますが、AIが作り出したジョブディスクリプションやポリシーをそのまま右から左に使うわけにはいかないですし、AIの選んだ応募者をすんなりと採用決定にまでもっていくというわけではないのです。そこには必ず人の介在および検証が必須であって、人手抜きにはそれらの作業を完結することはできません。ですので、人事担当者の仕事としては今後そういった確認や検証の業務がついてまわるということになります。つまり、人事担当者は生成AIの作り出した成果物の目利きになることが要求されることになります。その目利きがよくないとなりますと、生成AIの成果物の質も凡庸なものに終わり、さらには倫理的に好ましくないバイアスのかかったものが出てくるというリスクが混在する不確実性を生み出してしまいます。
確かに生成AIを正しく使いこなすようになるには、今後数多くのトレーニングが必要になり、そこには失敗も成功もつきまとうことになるでしょう。課題としては、そのようなトレーニング、つまり生成AI習得するための効果的なトレーニングプログラムやトレーナーがどうしても必要になります。それらすべてをオンラインやビデオの動画だけで習得させるのは、IT技術者ではない人事担当者にはハードルも敷居も高いと考えられます。効果的なトレーニングができる人材や教材も探し出さねばならず、一朝一夕というわけにはまいりません。生成AIに関する、いわゆるリスキリングが人事担当者への今後の重要なテーマになるのですが、リスキリングを社内で奨励する立場にある人事担当者自らがそのお手本を示して生成AIの習得を図っていなければならないというのはある意味、ストレスのあることでもあり、またその重責を自ら担う立場にもあるというのもやや皮肉なことだといえるのかもしれません。
このような課題に対しては、そこで自分のキャパシティの限界を感じて燃え尽きてしまう人事担当者も出てくることが予想されます。また今までも社内で複雑に込み入ったいくつものソフトを使いこなさなければならない立場にあったならば、生成AI習得のためにさらなるテクノロジー疲労、あるいはデジタルオーバーロード(Digital Overload)による過剰労働を発生させるといった要因にもつながりかねません。そこで、社内にあるテクノロジーの棚卸しということも必要になることでありましょう。今まで使い慣れてきた旧来のテクノロジーと離別する覚悟もどこかで持たなければならないかもしれません。新しいものが出てくれば捨てなければならないものも出てくるということです。新陳代謝があってこそ、人間もシステムもスムーズな稼働が継続可能なのであり、古いものがいつまでも居残っているようなら、いずれオーバーロードの状態に陥ってしまうというわけです。
最後に結論として繰り返し申し上げますことは、生成AIによって人事担当者の業務がすべて置き換えられるようなことは当面起こることにはならないものの、ほぼ毎日の繰り返しを要する業務は生成AIによって自動化されることは論を待たないようです。その分飛躍的に生産性が高められ、業務の精度も向上した部分を人間にしかできない業務に割り当てていく、つまり、従業員とのOne on One ミーティングであるとか、トレーニングやコーチング、インタビューやパフォーマンスフィードバック、さらにはカウンセリングやキャリアデベロップメントプラン上での話し合いなど、生成AIには不向きな業務に重点を置いて人事担当者の時間を割いていくということが欠かせないでしょう。そしてここが最重要部分になるのですが、生成AI頼みではなく、生成AIの成果物を吟味する目利きとしての能力が人事担当者には試されます。そのために人事担当者がAIにこき使われる側にいるのではなく、上手に使いこなす側にいなければならないという重い責任があることもまた紛れもない事実ではないかと思う次第です。