いまやアメリカのコーポレートコミュニティの中にありましては、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)はすでに市民権を得てきているように感じますが、日本の企業コミュニティにおかれましては、昨今はいかがなものでしょうか。感覚的にではありますが、日本ではD & I という表現の仕方がまだ幅を利かせているようでもあります。真ん中のEであります、Equityがまだ日本ではなかなかピンとこないのかもしれません。それは、日本はアメリカとは違って国の生い立ちが海を渡って新天地に移ってこられた多民族の人々が建設した国ではないからです。いまでも98%以上の国民は日本人であり、単一民族の国であるといって未だ過言ではないのが日本でありますので、Equityつまり公正性というのは平等性の意識の強い日本ではなかなか根付きにくい概念ではないかと思われます。Equityというと、どうも日本ではEquality(平等性)と同じに考えてしまう傾向があるようです。
一方のアメリカは多民族の人々が寄り集まって企業も経営されていますので、D & Iだけではやはり不十分で、そこにEのEquityの概念が入ってきて、三身一体となっています。むしろ、アメリカでの企業経営の中においては、Eが最も重要であるのかもしれません。Eにより多くの焦点を絞り、経営投資にしてもEに移行していくことによって、職場で働く(特に女性やマイノリティの)人々の潜在的能力が活性化され、従業員の高いエンゲージメントを社内で実現することが出来るのだろうと申し上げられます。またEを重要課題であると企業が認めるのは、その企業がすでにD & Iをある程度達成してきているからだといえます。よって、すべてこの3つの頭文字を同時進行的に達成できると考えるのは単に絵に描いた餅に過ぎません。
その点、日本企業の多くはまだD & Iがようやく尻尾についたばかりの段階にありますので、急にEを目指せというのは順番が逆だと言われても仕方ないかと存じます。それはアメリカにある日系企業でも状況に大きな違いはないでありましょう。多民族国家のアメリカに進出して企業経営されている日系企業の多くは、お題目を唱えるほどには真のグローバルオペレーションを実践しているところはまだまだ少なく、ごく一部の大手グローバル企業だけにとどまっています。大手企業には、外国籍従業員もいますし、彼らの出身国も多彩であったりします。何よりも豊富な人的資源を有していますので、Dのダイバーシティはアメリカの大手日系企業では自ずとついてまいります。しかしアメリカの中にあっては決して大手とは呼べない中小の日系企業ではDさえも見劣りするところが少なくありません。中には、アメリカに進出して以来、日本人だけで人的資源を固めている中小の日系企業も散見される次第です。
アメリカに進出してもターゲットとなるマーケットは、アメリカにある日系企業や現地に住まわれる日本人だけに限定されているということであれば、確かに日本人だけのスタッフで固めて経営していくというのは合理的であり、十分理解はできます。ですが、恐らくそれでは現状維持のままでやっていけるのがせいぜいであって、新たな市場や客層を開拓していくという機運にはなかなかつながらないのではないでしょうか。アメリカは優に日本の3倍以上の人口を持つ国です。それをごく微少なアメリカにいる日本人マーケットだけでのビジネスを維持していくというだけではいずれジリ貧に陥っていくことはある程度覚悟していなければなりません。
つまり、アメリカに進出した(一部大手企業を除く)日系企業が最初に着手しなければならないのは、最初にくるDのダイバーシティにほかなりません。ダイバーシティのある企業は、マーケットシェア改善の可能性がそうでない企業に比べて45%高く、新たなマーケットを獲得する可能性が70%高いということがわかっています。ダイバーシティに富むアメリカの就労人口の中で、数は少ないものの、学生時代に日本語を勉強し、日本への留学体験や文科省が主宰するJET(Japan Exchange and Teaching)プログラムに参加して日本の公立校で英語を教えていたというアメリカ人の人材はごく少数ながらも確実に存在するわけです。ですが、どうもそれら日本での体験を持つアメリカ人の人材と日系企業とのマッチングが思いのほかスムーズにいっていないような気がしてならないのです。
自分の話で恐縮なのですが、私の卒業した大学は日本の長野県の中央アルプスの麓にある信州大学農学部でした。当時の農学部は広大な農地(草地)と森林(演習林)がどこまでも続く、当時日本一の敷地面積を持つ学部でした。そこに全部で500名にも満たない学生がおり、私もその一学生として自然環境に満たされた充実した大学生活を送ったものでした。私は東京生まれの東京育ちであったものですから、このような雄大な自然環境下において、農学の勉強が出来たことは生涯の貴重な財産として未だに誇りにしています。その中で学んだ農学で特に印象深かったのは、同じ農地で何年も同じ作物を作り続けると「連作障害」という現象に見舞われ、作物の育ちに支障をきたしたり、農作物に病害が発生しやすくなるという事象が起きます。これは同じ作物が同じ農地に植え続けられれば、作物が土壌から吸収する成分も常に同じものなので、そのうち特定の成分だけが欠乏状態に陥ってしまうことになります。
もうひとつは、これは森林、特に植林についてですが、木材の伐採が行われた後に植林をして森林の再生をはかるわけです。その植林をするための新たな樹木の選定をあえて10通りほどの異なる樹種に混合して植林すると、植林の再生が格段に早まり、健康で丈夫な森林に育つというのです。これは当時横浜国大で環境生態学の教授でありました(故)宮脇昭教授の名前を取って「宮脇方式」と呼ばれるいまや世界的にも有名な植林方式となっています。この宮脇方式でも複数の異なる樹木を植えることでお互いの樹木同士が切磋琢磨を受けて単一樹木の植林では果たせなかった好循環を生んでいるということがいえます。
このような農学関係からの事例をとってみましても、同じ農作物、同じ樹木だけであった場合、いずれは成長に支障をきたし、衰退が生まれてしまうことが見て取れます。会社経営と農作物や植林とは別物だとおっしゃられれば、それは恐らくその通りなのですが、やはり経営上のヒントにはなりませんか。会社組織をダイバーシティにしたからといって、それで結果やパフォーマンスがすぐに出るのかというと、そのような保証は必ずしも出来るわけではありません。ですが、最初のDがなかったら、続けて掲げていくIもEもできるわけがありません。まずはその最初のハードルを越えてみられることに日系企業はアメリカでぜひともチャレンジしてみてほしいと思います。アメリカにはそれができる環境が存分に備わっており、その橋渡しをしてくれる日本をすでに体験したことのあるアメリカ人の人材も少数いてくれて、彼らは日系企業で働くことを待ち望んでいるのですから。
Ken Sakai
President & CEO
Pacific Dreams, Inc.
kenfsakai@pacificdreams.org