新年おめでとうございます。
毎年新しい年を迎えても、その年の1年が実際どう動いていくのかを予測することはほぼ不可能に等しく、その意味では世界はますます混迷を深くしていると申し上げても過言ではないでしょう。それでも多くの人間が共に働く組織の中では、何らかのトレンドや傾向というものは常にあり、その進展具合を予測し、見守っていくことは十分可能です。そこで、この1年を予測するのではなく、組織や職場におけるHRが2025年に果たしていかなければならない、パーパス(存在するための目的)を今回の記事では検証をして、取り上げてみることにいたします。
予測をして検証するためにまずは過去のHRが辿ってきた変遷を紐解いてみることから始めてみたいと存じます。私が20代後半で初めてアメリカに駐在で派遣されたのは1987年夏のときでしたが、当時買収先の米国半導体企業では、まだHRという名称も定着しておらず、社内ではPersonnel Department と呼ばれていました。1980年代後半の日本はちょうどバブルたけなわのころで、金余りの状態にあった日本企業は世界中の企業やホテル、リゾートといった不動産の買い占めを始めたころでもありました。逆にアメリカでは、日本のようなバブルの到来はほとんどなく、むしろリセッション(景気後退)に陥っていました。
当時のアメリカでは人件費は固定費ではなく、変動費として会計上では扱われていました。また、人件費は貸借対照表上における資産にも分類されてないのです。さて、半導体業界にはその頃から「シリコンサイクル」と呼ばれる4年から5年の周期による景気の大きな変動があり、サイクルが下降線を辿りだすと、どこの半導体企業も一斉に従業員の人員整理に走り出しまていました。その人員整理を主導するのがまさに当時のPersonnel Department でありました。ですので、Personnel Department はコストカッターあるいはコストセンターとして社内では従業員から見て近寄りがたい存在感を醸し出していたのです。
それ以前の時代のことは私はアメリカには来て働いたことはありませんでしたので、経験してはないのですが、逆に戦後50年代から80年代前半までは、アメリカでも労働組合活動が全盛期を迎えており、従業員の組合加入を阻止するためにPersonnel Department は従業員への待遇改善や福利厚生の充実を図ることに注力していたということを聞いていました。つまりPersonnel Department は、一般的に80年代前半までは従業員側に寄り添い、従業員を組合から守る立場にあったことがうかがわれるのです。
それが1980年に入ってから、Personnel Department はコスト削減にその注力が移り、HR Departmentに名称が変更になってからも、何とコロナ禍が訪れる2020年代初頭までコストカットの傾向は続いていました。しかし、世界中がパンデミックに襲われたことが大きな転換期となって、HRが注力しなければならない役割やパーパスは以降大きく振れているように思われます。世界的な感染症から組織は従業員を守らなければならず、人の行き来も厳しい制限を受けて、労働人口の伸びにも急ブレーキがかかり、コロナ禍で退職せざるを得ない熟練労働者も職場で多数発生しました。労働力不足はどんな業種や組織であってももはや無視することできず、日々の業務では喫緊の大問題となっています。企業のサプライチェーンにも大きな支障をきたし、遅延や停滞が日常化し、労働力逼迫および人材不足はもはや簡単には解決できそうにない大きな現代の試練として立ちはだかっていることは誰も否定することは出来ません。
今年のHRが果たさねばならないパーパスは学習能力のある良質な従業員のリクルートと採用、そしてさらに重要であるのは採用した従業員および現在働いている従業員の維持と定着ならびに教育なのではないかと考えます。そのためには、HRがPersonnel Departmentであった原点の時代に立ち戻って、従業員に寄り添って支援を行うという本来のパーパスに原点回帰をしていかなければならないと申し上げられます。従業員をコストとして見るのではなく、資産として捉え直す、そのことを組織の経営陣やCEOに説得やプレゼンを続ける、 待遇改善やベネフィットの拡充を図る、従業員教育、とりわけリスキリング機会の提供、フレキシブルな職場環境の構築、キャリアの開発、従業員側に立った組織編制、過剰な職場ストレスの低減、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)への取り組みなどに自らの存在を示すためにもパーパスとして推進していくことが求められます。
従来アメリカでは、企業は株主のものという認識が非常に強かったわけですが、それもコロナ禍を契機にして、あるアメリカの金融調査機関が大手企業の経営陣を対象として行ったいくつかのアンケート調査の結果では多くの企業のCEOは従業員をステークホールダーとしての重要度を株主よりも高く位置付けたということが判明しています。折しもクリスマスシーズン中でのスターバックスの店舗やアマゾンの配送センター、さらにはボーイング社でのスト突入、それ以前にも大手医療機関やドラッグストアなどでの大規模なスト決行があり、組合活動が盛んであった60年代や70年代を彷彿とさせるような状況が垣間見られるようになりました。労働市場が安定していて豊かな労働市場が存在していた時代はもう当面戻ってこないことをいまや企業は肝に据えるべき時代なのです。
先ほど列挙したHRのパーパスは今年1年間で達成させることはほぼ不可能です。膨大な時間がかかることは承知の上で申し上げています。ですが、HRは大きな転換期を迎えているということをまずはHRご自身ならびに経営陣が強く認識する必要があり、それが転換の第一歩となります。コロナ禍前のコストセンター的なパーパスでは早晩立ち行かなることは論を待ちません。いつまでも同じパーパスを変えずに惰性的に続けていくわけにはいかないのです。その手をこまねいていれば、遅かれ早かれ、企業競争の中で後塵を拝していくことになるでしょう。そんなことは従業員の誰もが望んでいないことでありましょう。2025年はその第一歩を果敢に踏み出し、今後HRの果たすべきパーパスのリセットをまずはやり遂げてみてほしいと思います。

《記事執筆》
Ken Sakai
President & CEO
Pacific Dreams, Inc.
kenfsakai@pacificdreams.org